テロ等準備罪(共謀罪)を巡る政府対応の問題点
2017年6月15日、いわゆる「テロ等準備罪(共謀罪)」が可決され、7月11日より施行されることとなりました。多くの人がこの法律の創設に反対していますが、何が問題なのでしょうか。私は、以下三つの点が問題だと考えています。
- 国際組織犯罪防止条約(TOC条約)は、国際的な組織犯罪の取り締まりを目的としているのに対し、テロ等準備罪は国内の組織犯罪も取り締まりの対象としている
- テロ等準備罪が濫用された際に、それが適切に運用されているのかどうかを判断する仕組みの導入を日本政府が怠っている
- テロ等準備罪を導入すべき理由や、趣旨の説明を日本政府が怠っている
以下、順を追って説明していきます。
目次
条約締結のためにテロ等準備罪の創設は必要か?
日本政府は「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(略称 国際組織犯罪防止条約、TOC条約)」を締結するために、テロ等準備罪を創設する必要があると説明しています。
果たしてこれは正しいのでしょうか。
外務省ウェブサイトによれば、国会の承認等を経れば外国と条約を締結できると説明しています(参考: 外務省 国会承認条約の締結手続)。
つまり、一般的な条約であれば、日本で新たに法整備をしなくても締結できます。では、TOC条約の場合はどうなのでしょうか。
TOC条約には第5条で次のような定めがあります。
第5条 組織的な犯罪集団への参加の犯罪化
1 締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
(a)次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
(i)金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
(ii)組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為
a組織的な犯罪集団の犯罪活動
b組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)
つまり、TOC条約の締結自体はテロ等準備罪を創設しなくてもできるものの、TOC条約を締結した後、テロ等準備罪の様な法的整理をしないと条約違反になってしまうということになります。
日本弁護士連合会の主張
日本弁護士連合会(日弁連)のウェブサイトでは、条約違反になったとしても違反の審査が無いため、テロ等準備罪を定める必要が無いという趣旨の主張をしています。
条約の批准について
- 国連が条約の批准の適否を審査するわけではありません。
- 条約の批准とは、条約締結国となる旨の主権国家の一方的な意思の表明であって、条約の批准にあたって国連による審査という手続は存在しません。
- 国連越境組織犯罪防止条約の実施のために、同条約第32条に基づいて設置された締約国会議の目的は、国際協力、情報交換、地域機関・非政府組織との協力、実施状況 の定期的検討、条約実施の改善のための勧告に限定されていて(同条第3項)、批准の適否の審査などの権能は当然もっていません。
出典: 日本弁護士連合会ウェブサイト 共謀罪対策本部より一部抜粋
注: 条約の締結方法として、「批准」、「受諾」、「承認」、「加入」等の方法があります。つまり、「批准」も条約締結の一種です
日本政府が国として「審査が無いから条約に違反しても良い」という主張をすると大きな問題が生じると考えられます。よって、上記日弁連の主張はテロ等準備罪を創設すべきでない理由としては弱いと思われます。
一方で、以下の様な主張もしています。
国連越境組織犯罪防止条約は締約国に何を求めているのでしょうか
- 国連越境組織犯罪防止条約第34条第1項は、国内法の基本原則に基づく国内法化を行えばよいことを定めています。
- 国連の立法ガイドによれば、国連越境組織犯罪防止条約の文言通りの共謀罪立法をすることは求められておらず、国連越境組織犯罪防止条約第5条は締約国に組織犯罪対策のために未遂以前の段階での対応を可能とする立法措置を求められているものと理解されます。
出典: 日本弁護士連合会ウェブサイト 共謀罪対策本部より一部抜粋
この点については法解釈の問題であるため、専門家でないと正しいかどうかの判断が出来ない分野だと思われます。では、この日弁連の主張に対して政府はどのような回答をしているのでしょうか。
政府サイドの主張
日弁連によるTOC条約の解釈に関する主張について、政府サイドの回答は見つけられませんでした。
ご参考までにですが、テロ等準備罪の必要性を政府サイドが説明した例として、自民党の衆議院議員が自身のウェブサイト説明をしているものを紹介させていただきます。
1.なぜ必要?
国際的なテロ活動の活発化を踏まえて国際組織犯罪防止条約が発効し、世界187か国・地域が締結済みになってますが、先進国の中では日本だけが未締結状態になっております。
(中略)
「テロ等準備罪」の創設はこの条約を締結するために、必要なものとなっております。
2.そんな犯罪を新設しなくても締結できないのか?
この国際条約では、第5条1(a)で、従来の犯罪行為の未遂または既遂に係る犯罪とは別個の犯罪として、次の犯罪のいずれか一方又は双方を犯罪として処罰できるようにすることが求められております。
1)重大な犯罪を行うことの合意(重大な犯罪の合意罪)
2)組織的な犯罪集団活動への参加(参加罪)
しかしながら、日本にはこの二つの犯罪のいずれもが存在していません。
(中略)
5.おわりに
このように、テロ等準備罪は、国際的に合意された最低限のテロを含む国際的な組織犯罪対策を実施しようというものであります。この条約の締結が遅れ、結果として、オリンピック・パラリンピックで多くの外国の方々を迎えその安全を確保する義務があるわが国が、テロ対策が十分でない国だと思われるのは避けねばなりません。批判は歓迎です。ですが、批判のための批判はよくない。批判される方は、この国際条約を締結する必要はないということなのか、あるいは必要があるけどどこどこがよくないということなのか、そのどちらなのか意見をはっきり述べるべきではないでしょうか。意見を言わず、治安維持法の再来だとか一億総監視社会だなどといたずらに不安をあおる批判だけするのは、責任ある態度ではないと、さいとう健は強く思っています。
出典: テロ等準備罪、何のため? 2017年4月12日 齋藤健(衆議院議員)ウェブサイトより一部抜粋
齋藤議員のウェブサイトでは「条約締結のためにテロ等準備罪の創設が必要である」との説明に終始しています。外務省や日弁連の説明をもとに判断すると、斎藤議員の説明は間違っていることになります。
「TOC条約を締結した場合は第5条への対応が必要となる」という説明が正しい表現です。TOC条約締結のために法整備する必要はありません。
尚、斎藤議員のウェブサイトでは、「日弁連によるTOC条約の解釈に関する主張」に関する回答を見つけることは出来ませんでした。
ご参考までに、公明党ウェブサイトでの説明も載せておきます。ここでも齋藤議員と同様に、そもそもの論理が間違っていますし、日弁連の条約解釈に関する主張に対する回答も見当たりませんでした。
Q なぜ必要なのか?
A テロの未然防止のため
テロ等準備罪を新設する理由は、テロなどの組織的犯罪を未然に防ぐためです。日本では、2019年にラグビー・ワールドカップや、翌20年に東京五輪・パラリンピックが開催されます。こうした国際大会は、世界中から注目が集まる上、多くの外国人が日本を訪れるので、テロの脅威も高まります。世界各地でテロ事件が頻発する中、対策は喫緊の課題です。
テロの未然防止には、情報交換や捜査協力など国際社会との連携が必要です。このため政府は、すでに187カ国・地域が締結している国際組織犯罪防止条約(TOC条約)の早期締結をめざしています。
条約は、重大な犯罪の「合意」、またはテロ組織など犯罪集団の活動への「参加」の少なくとも一方を犯罪とするよう求めており、日本が同条約を締結するには、「テロ等準備罪」法案の成立が不可欠です。
(中略)
TOC条約の締結について民進党は、「新たな法整備は不要」と主張しています。しかし、民主党時代、共謀罪を導入せずに条約を締結すると公約を掲げて政権に就いたものの、3年3カ月の政権期間中、締結できませんでした。これに関する明確な説明は、いまだになされていません。
出典: 公明党ウェブサイト Q&A 「テロ等準備罪」法案より一部抜粋
以上見てきたように、私が調べた限りでは、政府サイドによる論理的な説明や日弁連の主張に対する回答はなされていませんでした。
村田蓮舫議員の二重国籍問題の時も同様ですが、政治家は説明責任を果たさない局面が多すぎますし、説明責任を果たさなくてもほとんどペナルティーが課されない点は民主主義の根幹を揺るがしかねない問題だと私は思います。
TOC条約の適用範囲とテロ等準備罪の適用範囲
国際組織犯罪防止条約(TOC条約)は、国際的な組織犯罪の取り締まりを目的としています。条約の第一条で以下の様に定めています。
第一条 目的
この条約の目的は、一層効果的に国際的な組織犯罪を防止し及びこれと戦うための協力を促進することにある。
一方で、テロ等準備罪は国内組織の犯罪についても取り締まりの対象としています。政府はこの点についてもっときちんとした説明責任を果たすべきだと私は考えます。
仮に、国際組織に限定していれば、テロ等準備罪創設に反対している多くの人の懸念を払拭することが出来ます。そもそも、テロ組織かどうかの線引きを形式基準で定めることは不可能であり、その不可能なことについて野党は不毛な攻撃を数多く行い、貴重な答弁の時間を多く浪費してきたように思えます。もっと、本質的な議論を多くすべきだったと考えます。
何故国際組織に限定せず、国内組織についても取り締まりの対象とするのかについて建設的な議論をすべきでした。
個人的には、国内組織についてもテロ等準備罪の対象にするべきだと考えます。理由としてはフランスで起きたテロのケースがあるからです。
2015年11月13日、フランスの首都パリで大規模なテロが発生し、死者130名、負傷者300名以上にものぼりました。このテロ事件の実行犯は、中東からフランスへ移民として移り住んだ人々の2世や3世の人々であり、生まれも育ちもフランスでした。つまり、国際組織ではなかったと推察されます。
政府からの説明が無いため、上記の様なことを想定して国内組織を取り締まりの対象としたのかどうかは不明ですが、少なくとも何故国内組織も対象にしたのか、その背景や趣旨について国民に対して説明し、記録として残すべきです。そうすることで、テロ等準備罪の濫用を防止する重要な役割を担ってくれるはずです。
テロ等準備罪が善良な市民に濫用されるケース
私たちが日常生活を送る際に、政府の監視対象になることはあまり想像がつきません。そのため、テロ等準備罪が施行されても、治安が良くなるくらいにしか感じていない人も多いのではないかと思います。
しかし、善良な一般市民であっても、ある日突然、テロ等準備罪で取り締まられてしまうリスクを孕んでいます。
それが良く分かる例として、小林よしのり氏の発言を紹介させていただきます。
90%以上の人が物言わぬ市民として暮らしていきますよ。それで一生を終えますよ。けれども、何かあったときは例えばわしが関わった薬害エイズ事件のようなことがあれば、やっぱり自分の子供が国家権力から無差別テロのようなことをされてしまっているわけですよね。非加熱製剤入りの注射を打ってしまったりとかして。こういうのと闘わなきゃいけないというときは、権力と闘わなきゃいけなくなるんですよ、これが。そういう場合は。だから物言わぬ市民のはずが、被害を被ったときは物を言う市民に変わったんですね、これが。
このときのことを想像できるかどうか、一般の普通の市民が想像できるかどうか、ここに懸かってるんですよ。このことをマスコミの人たちがちゃんと伝えてくれないと、誰でも本当は物を言わねばならない市民に変わってしまいますよっていうことね。
で、団体もそうですよ。結局、わし自身が関わった薬害エイズの訴訟を支える会、わし代表でした。この代表の人間がやっぱりテレビでね、天誅とかってやって出すと、これは普通この事件では殺すってことですよ。ぶっ殺すってことですよ。だからその時点でわしの内心は分からないですよね。これはパフォーマンスかどうかは分からないですよ。でもわしは脅したいんだから、だから殺すっていう意味で、普通右翼が使う言葉を出しちゃったんですよ。だからその時点でわしってやっぱりこの団体が変質したと、変容したというふうに公安から見られますよね、そりゃね。そしたらわしはやっぱり監視対象になっちゃうじゃないですか
(中略)
常に安全に暮らせる多数の人たちだけで民主主義は支えてられているわけじゃない。本当にマイノリティーの被害者、権力の被害者になる人だっている。その人たちをどうやって救うかっていうことを考えないと、民主主義は健全に機能しませんよっていうことを言ってるわけです。
出典: ジャーナリストら「共謀罪」で会見 監視社会現実化のおそれ 小林よしのり氏の発言一部抜粋 THEPAGE 2017年4月27日
日本政府へ期待すること
テロを未然に防ぐには、少なくともテロ等準備罪は必要だと思います。そして、その実効性を担保するために、今後は徐々に盗聴等の捜査手法も合法化される動きになっていくのだと思います。
国民の安全を守るために、外に手段が無いのであれば私たちはそれを受け入れざるを得ないと思います。
一方で、政府は説明責任をきちんと果たすべきです。上記の例でいえば、何故国内組織が捜査対象としなければならないのかについて説明すべきであり、立法の趣旨についても説明すべきです。そうすることで、仮に私たちが裁判で訴えられたとしても、法律の文言に従えば有罪だが、立法の趣旨に照らし合わせると無罪であるというケースが多く出てくると思われます。
また、日本政府はテロ等準備罪の濫用を防ぐ仕組みを、立法と同じタイミングで導入すべきでした。既に法律ができてしまったので、速やかにその仕組みを構築してくれることを願っています。