杉田水脈議員の寄稿文『「生産性」がない』の趣旨と正しい反論の仕方

   

2018年7月、新潮45に掲載された杉田水脈議員によるLGBTに関する記事を巡って、様々な意見が交わされています。そこで、この投稿では一つ新しい観点で新潮の記事を考えてみたいと思います。

 

観点① 杉田氏による寄稿文の言い回しを変えた場合

もし杉田氏の寄稿が以下の様な文章であったら、はたして自由民主党本部前で5,000人規模のデモは起こったのでしょうか。

日本は少子高齢化が進行しており、このままでは日本経済は衰退して税収が減る中で、社会保障費は益々増加していくことが懸念されています。この問題を根本から解決するためには、保育園不足の解消といった子育て支援や不妊治療手当をより充実させることにもっと多くの税金を投じる必要があると私は考えます。

しかし税金には予算があります。すべての政策に無制限にお金を投じることは出来ません。こういった少子化対策へ予算を多く配分するためには、他の政策から予算を分けてもらう必要があります。そこで、どこから分けてもらうことが出来るのかについて私なりに考えてみました。

私がLGBTの当事者の方々から聞いた話によれば、LGBTであることの生きづらさは社会的な差別云々よりも、自分たちの親が理解してくれないことの方がつらいとのことでした。だとすれば、LGBTの方々に対する政府支援を各家庭のご両親へのフォローに特化すれば、既存の各種支援を縮小することが出来うると思います。

この方法で浮いた税金を子育て支援や不妊治療手当等の拡充に充てることで、少子高齢化の問題解決の一助となるのではないでしょうか。

私は新潮45に杉田氏が寄稿した全文を読みました。確かに、杉田議員の文章には問題のある表現が多々あったように思います。しかし、それは杉田議員が伝えたかったことなのでしょうか。杉田氏の寄稿文の趣旨は何かと問われた時に、皆さんはどう答えますか。

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観点② 国語のテストで筆者の趣旨を要約する場合

もう一つ別の見方をしてみましょう。

もし国語のテストで今回の記事全文が載せられ、「筆者の伝えたかったことを500字でまとめよ」という問題が出された際、皆さんはどういった回答文を作成しますか。私だったら上記の文章を回答欄に記入すると思います。

念のため、今回の記事の一部を以下に記しておきます。是非もう一度「伝えたかったこと」は何なのか、趣旨は何なのかについてこの投稿を読んでくださっている皆様に考えてみてほしいと思います。

LGBTの当事者たちの方から聞いた話によれば、生きづらさという観点でいえば、社会的な差別云々よりも、自分たちの親が理解してくれないことのほうがつらいと言います。親は自分たちの子供が、自分たちと同じように結婚して、やがて子供をもうけてくれると信じています。だから、子供が同性愛者だと分かると、すごいショックを受ける。

これは制度を変えることで、どうにかなるものではありません。LGBTの両親が、彼ら彼女らの性的指向を受け入れてくれるかどうかこそが、生きづらさに関わっています。そこさえクリアできれば、LGBTの方々にとって、日本はかなり生きやすい社会ではないでしょうか。

リベラルなメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにして、その解消をうたいますが、そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず。「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです。

例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

出典: 新潮45 2018年8月号より一部抜粋

 

杉田水脈議員に対する正しい反論の仕方

そうはいっても、「生産性」がないという表現は行き過ぎであったと思います。LGBT当事者の方々からしてみると、政治家がこのような発言をすることはとても許せないのだろうと想像します。

では、杉田議員に対してこの寄稿文は間違った考えであることを納得させるにはどういった説明をすれば良いでしょうか。

「生産性」がないという表現は差別だから謝罪と訂正をしろと要求して、杉田議員は納得するでしょうか。恐らく、表面的には謝罪や訂正をしうるでしょうが納得はしないでしょう。というのも、杉田氏が伝えたかったことはそれでは無いからです。

ではどうすれば杉田氏を納得させることが出来るのでしょうか。それは、杉田氏が伝えたかったことに対して論理的に根拠を示しながら反論するしかありません。

私は杉田議員がどういう主義主張を持っている方なのかを詳しくは存じ上げませんが、仮に今回の寄稿文が「少子化対策のために国の予算をLGBT関連から子育て支援等にシフトさせるべき」という趣旨だったとした場合、どのような反論があるでしょうか。

例えば、以下の様な反論の仕方があると思います。(こういった事実があるかどうかは存じ上げませんが、考え方のご参考として列挙しています)

  • 他の先進国では国の歳出の●●%がLGBT関連に充当されているが、日本は●●%しかなく国としての対策が不十分だ
  • LGBTが住みやすい国の方が国民一人当たりのGDPが高いという調査結果がある(?)

 

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マスコミの存在意義

杉田議員による今回の寄稿文に対してマスコミが本来果たすべき役割は、杉田議員が伝えたかったことが何なのか、それは政治的に正しいことなのかを検証することだと私は考えます。

言い換えると、「少子化対策のために国の予算をLGBT関連から子育て支援等にシフトさせるべき」という主張が本当に正しいのかどうかについて、検証することがマスコミに対して求められているはずです。

そして、多くの検証がマスコミで報じられることで、私たち国民は次の選挙でどの党に投票すればよいのか、どの議員に投票すればよいのかの判断基準を得るのです。

これが民主主義というものです。

今回の一連の報道でこういった分析をしているマスコミは果たしてあったのでしょうか?

あまりにもひどい印象操作、言葉狩りをしていたマスコミがあったため、再発を防ぐためにもここでご紹介せて頂きます。

事例① AERAのケース

2018年7月27日、AERA dot.にて、杉田議員を「人相」という観点で人格攻撃した記事が掲載されました。人相だけで人望がないとか愛情が浅いという人格否定を行っている事例です。

杉田議員のお顔は、まず全体の印象として「幸せに縁のない」お顔。額は前頭葉に直結する部分、良い気も悪い気も、ここから取り込み、また放出する大切な場所。それが、長い前髪でおおわれてしまって、入る・出るが滞っている。

(中略)

それから耳。耳の輪郭部分を耳輪といいますが、この人は内輪(耳の内側)が外輪よりも出ているんです。こういう人は非常に自我が強い。自分が自分が、と持論をひたすら推し進める。

それでいてこの方の耳たぶは非常に弱い。耳たぶは人格を表します。持論を強く押し出すわりには人望がないのです。

(中略)

象徴的なのは目元。目じりが浅く、愛情に縁がない人です。本人の愛情も浅く、また、これまでたっぷり愛されてこなかった人かもしれません。

出典: 「杉田水脈衆院議員の顔は「幸せに縁がない」? 観相学で見てみたら…」2018年7月27日 AERA dot.より一部抜粋(当該記事は既に削除済み)

 

尚、これは浅野裕見子氏が執筆された記事で、アエラ編集部の謝罪文がホームページで掲載され記事全文が削除されていることも念のためここでご紹介させていただきます。

アエラ編集部は7月27日夜、「杉田水脈衆院議員の顔は『幸せに縁がない』? 観相学で見てみたら…」と題する記事をAERA dot.で配信しましたが、内容が不適切なものであったため、同28日未明に全文を削除しました。杉田議員と関係者の皆さまにおわびいたします。

出典: AERA dot.ウェブサイトより

 

事例② NHKのケース

8月3日放送のニュースウォッチ9では、相模原障害者殺人事件で19人の障碍者を殺害した植松被告を、杉田議員と同列に並べて印象操作をしている事例です。

難病患者支援団体 事務局長川口氏へのインタビュー

(川口氏)最初杉田議員の書かれた文章を読みましたときに、まず真っ先にひらめいたのは、「あっ、これ、やまゆり園の植松とまあ根っこは同じだな」と。「日本ももしかしたら医療費とか、あるいは介護費用を削減するような方向にこの次はくるな」と。「LGBTの次は重度の障害の人たちに話が来るんじゃないか」と思った

(ナレーション)この団体の職員で筋肉の難病に苦しんでいる女性です。

(女性職員)「みんな生きているし、(生きている)意味がある」と私は思っています。(生産性がないと)明言されてしまうとショックだし、存在価値みたいなものを自分で追い詰めてしまうかもしれないですね。

(ナレーション)生産性で人の価値を判断するような風潮にあらがおうと、川口さんらは障害者の団体などとともに抗議の意志を示すことにしています。

(川口氏)なんか、こういう考え方の政治家が増えてしまうと、真に困っている人たちにきちんとした倫理的な政策がつくれなくなるとかできなくなるんじゃないかなと思って危惧しています。ただ見ていただけだったんですけど、今後はやはり声を上げていく必要があるじゃないかなと思ってます

(桑子キャスター)浅はかと言える言葉に反発や嫌悪感を覚えた人は少なくないのではないでしょうか。

(有馬キャスター)人,一人一人の価値を数字ではかるような考え方,受け入れることはできません。

出典: NHK ニュースウォッチ9(2018年8月3日放送)より、一部を文字起こし

 

AERAの事例については謝罪文が掲載され記事も削除されており、AERA自体が民間のマスコミであるのでまだ救いようがあります。しかし、公共放送であるNHKが上記の様な偏向報道をすることは、かなり大きな問題を孕んでいると言えます。

視聴率を追求しなくて良いNHKが、何故このような番組を制作したのかについて私はとても興味があります。もし裏事情をご存知の方がいれば、是非私に教えて頂きたく存じます。理由次第では、公共放送を根底から覆すことにもなり得ると思います。

民主主義が機能するために、もっと真っ当なマスコミが増えることを切に願っています。

 

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