東京医科大学の入試不正問題に関する論点整理 ~法制度、労働環境~

      2020/10/14

東京医科大学の一般入試において、女子受験生や多浪生の得点を一律に減点していたことが発覚し、同大学に対する批判が高まっている様です。

このことについて各種報道がなされていますが、何が問題であるのかについて、法制度や労働環境等をきちんと整理して解説しているものがなかったため、この投稿で整理してみたいと思います。

 

結論を先にまとめると以下の通りです。

  • 受験生に事前に知らせることなく性別や年齢等で得点を減点することは問題あり(恐らく法律違反)
  • 「適切な目的」があり募集要項等で大学が事前に開示していれば、性別で取り扱いを変えることは日本の法律上認められている
  • 女子受験生が不利に扱われることが事前開示されていたとしても、それに対して男女平等の原則に反するとして東京医科大学を批判するのは間違い(法律上このように男女の取り扱いを変えることが認められているため)。そのような批判は法制度を作った政府に対してするべき
  • 大学病院の労働環境はとても劣悪なため、結婚や出産によって離職する女医よりも男性を多く獲得することが東京医科大学が行っていたことの主な背景。大学病院の労働環境の悪化防止ということを理由として女子受験生を不利に扱うのが「適切な理由」として認められないということであればこの問題は深刻
  • 世の中から批判されたことを受けて女子受験生が「平等に」扱われ、医学部で女子受験生の合格者数が増えた場合、その後の離職率を鑑みると医療現場は10年後あたりから更に悪化することが懸念される
  • こういった事態を防ぐには、供給を増やすか需要を減らすしかない。供給を増やす方法として①医者の絶対数を増やす(診療報酬を下げて社会保障費の総額は増やさない)、②看護師が行える医療行為の範囲を拡大し医者の業務負担を軽減する、等が考えられる。需要を減らす方法として、③受診の自己負担割合を増やす等が考えられる
  • マスメディアには、東京医科大学は不正を行ったとして世論を煽るのではなく、医療現場の労働環境が改善されない理由の解明と、改善させるためには誰を説得すればよいのかを明確化し、そのキーマンを動かすための世論形成を期待したい
  • 米国で採用されているアファーマティブ・アクションは、「公平な大学入試のあり方」や「大学の社会的使命」を考える際に多くの示唆を与えてくれる(詳細は別の投稿)

以下順を追って説明していきます。

(関連投稿)

東京医科大学の入試不正問題に関する論点整理 ~法制度、労働環境~

東京医科大学の入試不正問題に関する論点整理 ~アファーマティブ・アクション~

東京医科大学の入試不正問題に関する論点整理 ~理想的な大学入試制度~

理想的な教育制度とは?

 

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目次

法制度について

教育を受ける際に性別により差別してはならないことは、憲法第14条や教育基本法第4条に定められています。

(日本国憲法)

第14条1項

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

(教育基本法)

第4条1項

すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

一方で、日本の公立高校では男子校や女子高が存在しており、国立大学でも女子大学が存在しています。これは上記の憲法や教育基本法に違反していません。

この論点は実は政府の見解として既に正式に示されています。2000年2月18日、通常国会で提出された質問主意書に回答する形式で、以下の通り提示されています。

学校における男女の共学については、教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)第五条の規定により、教育上尊重されるべきものであるが、個々の学校において男女共学とするか男女別学とするかについては、公立の高等学校にあっては、地域の実情や学校の特色等に応じて当該高等学校の設置者である地方公共団体が、国立の大学にあっては、教育の目的及び理念に応じて各大学が、それぞれ判断するものである

今後、男女共同参画社会基本法(平成十一年法律第七十八号)により、男女共同参画社会の形成という観点から、様々な制度、慣行について国民の間で広く議論される中で、公立の高等学校及び国立の大学における男女の別学の在り方についても、必要な検討がなされていくものと考える。

また、憲法第十四条の趣旨を踏まえて、教育基本法では、人種、信条、性別等によって教育上差別されないこと及び教育上男女の共学は認められなければならないことが定められているが、これは男女に対し、性別にかかわりなく、学校における教育を受ける機会を均等に付与し、及び当該教育の内容、水準等が同等であることを確保する趣旨であり、すべての学校における男女の共学を一律に強制するものではない

したがって、個々の公立の高等学校や国立の大学が男女別学であっても、同法及び憲法第十四条に違反するものではないと考える。

出典: 第147回国会 質問主意書「公立高校及び国立大学の男女別学に関する質問」に対する答弁書

 

東京医科大学の入試選考過程においても、文部科学省としての見解は、適切な目的があり事前に募集要項で明示していれば男女別の定員を設けることは制度上否定されるものではないと説明しています。

(記者)先ほど大臣は一般的に女子を不当に差別する入試は認められないというお話だったんですけれども、例えば大学が女子の定員を少なく抑える形で定員枠を設けるような入試であれば問題ないというふうにお考えでしょうか。

(中略)

(林文部科学大臣)

大学入学者選抜は、各大学がアドミッション・ポリシー、入学者の受け入れ方針に基づいて公正かつ妥当な方法で実施するということを基本としておりまして、その具体的な実施方法については、各大学に自主的判断に委ねられております。例えば適切な目的があって募集要項において明示するなど、必要な周知がされておれば、性別ごとに定員を設けることは必ずしも全面的に否定されるものではないとこういうふうに考えております。一方で、募集要項にも示されずに適切な目的なく不当に女子が差別されているような入学者選抜があるとすれば、文部科学省としては認められないと、そういうふうに考えております。

出典: 文部科学省 林芳正文部科学大臣記者会見録(2018年8月3日)より一部抜粋

 

文部科学省は毎年6~7月ごろ、国公私立大に公正中立、妥当な方法で入試をするよう通知を出し、性別の多様性も求めている。

ただ男女ごとに定員を設定することは可能といい、同省大学入試室の担当者は「どんな学生がほしいか、どう選抜するかを募集要項に示し、その通り実施するのが原則」と強調する。

同省は近年、大学側にアドミッションポリシー(入学者の受け入れに関する方針)の明確化を求めており、方針を公表していれば男女の取り扱いに差を設けることは大学の裁量で可能という。

実際、女性への高等教育の機会確保を掲げる女子大が多数存在するほか、女子生徒が多くなりがちな学部などで男子部を設けて男女比を調整しているケースもある

ただ同省幹部は「募集要項にない性別を加味していたのなら、ありえない不公正だ」と批判する。年約20億円に及ぶ東京医大への補助金の削減の可能性もある。

出典: 東京医大入試「賠償請求も」 女子一律減点の問題点 日本経済新聞(2018年8月2日)より一部抜粋

 

労働環境について

以上見てきたように現行の法制度上、正当な理由があり事前に開示されていれば男女の取り扱いに差を設けることは可能となっています。そこで、医療の現場ではどういった状況になっているのかについて説明いたします。

内容をまとめると以下の通りとなります。

  • 医者には労働基準法が一般企業と同じようには適用されていない。当直業務等では実作業時間より待ち時間が多くこれは断続的な業務であると解釈されて、労働時間の規制対象外となっている
  • 当直の場合、病院に泊まって当直業務をこなしたあと、当直明けもそのまま翌日の夜まで働き、場合によってはオペさえも担当することがある。32時間連続勤務が常態化している病院も多い
  • このような厳しい労働環境の中、女性医師は出産等による離職することがあるため、現場としては男性医師の引き合いが強いという実態がある
  • 医師の労働環境の改善には様々な案があるが、なかなか進んでいない

 

過半数を超える医師が女性差別を「理解できる」「ある程度理解できる」と答える衝撃

医師向け人材紹介会社エムステージが、8月上旬に女性医師を中心に行った「東京医科大学入試での女子一律原点に関するアンケート調査」。同調査で医学部に入学する女性の数を制限することを18.4%が「理解できる」、46.6%が「ある程度は理解できる」と回答し、「理解できない」「あまり理解できない」という意見を大きく上回る結果になった

(中略)

大学病院勤務の過酷な実態 32時間連続勤務でも労基法は適用外

勤務医には、大きく分けて5つの業務がある。

病院に来る外来患者を診る「外来」、主治医として入院患者を診る「病棟」、内視鏡や心臓カテーテル検査といった「検査処置」、外来系の医師であれば「手術」、そして輪番で夜間の患者の容態急変や救急患者に対応する「当直」だ。主治医としての「病棟」業務の中には、勤務時間外であっても担当患者の容体急変時などに駆けつける「オンコール」対応も必要となる。

そして、意外に知られていないのは、労働基準法が一般企業と同じようには適用されていないことである。長時間労働の上限は実質ないに等しい。例えば、オンコールや当直業務は実作業時間より待ち時間が多い「断続的な業務」であると解釈されて、労働時間の規制対象外となっているのだ。

当直の場合、病院に泊まって当直業務をこなしたあと、当直明けもそのまま翌日の夜まで働き、場合によってはオペさえも担当することがある。「32時間連続勤務が常態化している病院も多い」と岡部さんは言う。

(中略)

医局が持つ強力な権限に逆らえない医師ならではの事情

大学病院での勤務がきつく、非常勤の市中の病院やクリニックの給与が高いなら、最初からそちらに就職すればいいと思うかもしれない。しかし、国家試験を通った医師は、必ずしも自分が卒業した大学でなくてもよいのだが、大学病院の医局に属して研修を受けるのが普通だ。大学医局や大病院でないと、専門医の受験資格が得られないなど、医師としてのキャリアが積みにくいという実態がある

また医局は強い人事権を持っており、たとえば、医局とけんか別れした医師はその大学だけでなく、系列病院や関連病院すべてから事実上排斥される。とくに地方で有力な病院が少ない場合などは、医局から見放されれば、その地方ではやっていけなくなることもままある。

例えば開業したり、市中の小さなクリニックで働いていたりして、専門病院に紹介しなければならない患者が来たとき、医局との関係が悪ければ、「あの医師の紹介患者は受けるな」と医局から市中病院に司令が出て、患者の受け入れ先病院がないということも起こりうるからだ。

専門医の資格をあえて取らず、医局に属することも選ばず、非常勤バイトだけで生活する医師もいる。出産、育休などで大学病院に復帰できず、そのような働き方をしている医師も多い。

(中略)

複数主治医制、タスクシフトなど「解」自体はあるが進まない虚しさ

ではどうすればよいのか。もちろん一朝一夕に解決できることではない。

医師不足と言われるが、年間4000人の医師が誕生しており、実際には医師は偏在している。そして日本は8400と世界一を誇るほど病院数が多いために、各病院が総合病院として複数の専門の科を持つと、医師を1~2名ずつしか確保できない病院も多くなる。そのため、病院では慢性的な医師不足が生じている。

そこで、病院の数を絞って急性疾患や救命救急に専門的で高度な治療をほどこす「急性期病院」の機能を集約化する、主治医を複数制にして交代で担当できるようにする、医師がしている事務作業を別の医療従事者ができるように「タスクシフト」する、気管チューブ交換など医師が行う医療行為の一部を特定看護師などができるようにする、業務量・対応数に応じて公平に給与を支払うなど、「理想論としての解はあります」と岡部さん。

出典: 東京医大の女性差別を医師の65%が「理解できる」と答えた真の理由 ダイヤモンドオンライン(2018年9月3日)より一部抜粋

内閣府が作成している「共同参画」の資料によれば、30代半ばの男性医師の就業率は89.9%であるのに対し、女性医師の就業率は76.0%と約14%の開きが生じています。

年齢別小児科医、産婦人科医数の男女比

医師不足が問題となっている中、医療施設に従事する産婦人科医、小児科医の、女性医師の割合が着実に増えています。新規に医師のなる者の多い20歳代で産婦人科医の67.7%、小児科医の49.6%、30歳代前半では産婦人科医62.7%、小児科医43.9%が女性医師となっています(小児科医師数に占める女性割合は33%、産婦人科医師数に占める女性割合は28%)。

しかしながら、年齢の上昇とともに女性比率は低下する傾向にあります。産婦人科医は30歳代前半の62.7%から30歳代後半に46.7%、40歳代では前半32.6%、後半22.5%と低下しています。小児科医の女性割合も30歳代前半の43.9%から30歳代後半に40.2%、40歳代では前半39.1%、後半30.2%と徐々に低下しているものの、産婦人科医の女性割合の方が大きく低下しているといえます。

日本産婦人科医会が実施した女性医師の就労環境に関するアンケート調査結果(平成23年度)によると、産婦人科勤務医師の1か月の当直回数は5.8回で、前年よりわずかながら減少しているものの、他科と比較すると産婦人科がトップになっているなど、女性医師の就労環境の改善やそれをサポートする体制の強化がますます重要になってきています

女性医師の就業率のM字カーブ

男性医師と女性医師が医師として就業している率を見ると、女性医師の場合、医学部卒業後、年が経つにつれて、減少傾向をたどり、卒業後11年(概ね36歳)で76.0と最低になった後、再び就業率が回復していきます。

女性医師をめぐる現状は、前述のとおり、女性医師数は増加しているものの、出産・子育て等との両立環境など、女性医師の活躍できる環境整備は十分とはいえません。

特に女性医師の割合が高く、かつ、勤務環境が厳しい産科、小児科などは、放置できない状況です。

医師不足が社会問題となっている中、女性医師が働き続けられるよう、ワーク・ライフ・バランスの推進や、女性が能力を発揮しやすい環境の整備などを進めることが重要となります

出典: 内閣府男女共同参画局 「共同参画」2012年2月号より一部抜粋

 

問題の背景

繰り返しになりますが、予め大学が募集要項で定めており、それが「適切な理由」と認められていれば男子学生を有利に扱うことは可能だと考えられます。

東京医科大学が女子受験生を不利に扱った原因は、医療現場においても厳しい労働環境の中、男性医師のニーズの方が強いと言う実態があります。

では、労働環境を改善するにはどういった方法があるのでしょうか。

医者の労働環境を改善させるためには、供給を増やすか需要を減らすしかありません。供給を増やす方法として①医者の絶対数を増やす(診療報酬を下げて社会保障費の総額は増やさない)、②看護師が行える医療行為の範囲を拡大し医者の業務負担を軽減する等が考えられます。需要を減らす方法として、③受診の自己負担割合を増やす等が考えられます。①~③の方法は政治家や法務省や厚生労働省でないと対応できない問題であって、東京医科大学がどうにかできる問題ではありません。

こういった観点で、何故これまで法制度が対応してこなかったのかについて言及している報道は私が調べた限りでは一つも見つけることが出来ませんでした。

社会的意義のあるネタが転がっているのに、どのメディアも取り上げないのはとてももったいないことだと思います。

今回の問題が起こってしまった原因として、各省庁による対応が遅れており、そのため大学が取れる対策として男子受験生を多く合格させるという方法しかなかったという見方も出来ます。仮にこの見方が正しかったとして、厳しい医療現場の環境を少しでも改善させるために、女子受験生を不利に扱うことが「適切な理由」として政府から認めてもらえていなかったのだとしたら、東京医科大学の入試不正を解決したり、誰が責任を問われるべきかについて論じることはとても難しい問題となります。

この推測が正しい場合、大学としては厳しい医療現場の環境を改善させる方法がほぼ無く、政府に制度を変えてもらうしかないという状況だが、政府/各省庁は臨機応変に対応できていない(恐らく様々な利害調整が必要なため)ということが問題の本質であるということになるからです。

各種情報を総合的に鑑みると、これが今回の問題の本質だと私は考えています。

マスメディアの方々には、東京医科大学は不正を行ったとして世論を煽るのではなく、医療現場の労働環境が改善されない理由の解明と、改善させるためには誰を説得すればよいのかを明確化し、そのキーマンを動かすための世論形成を期待したいと思います。

ご参考①: 東京医科大学の補助金

東京医科大学は補助金をもらっており、公的な役割を担っているとして批判している記事を散見されます。ご参考までに、同大学にとって補助金がどの程度の割合を占めるのかここで紹介させていただきます。

東京医科大学の直近5年間の経営状況は以下の通りです。

  • 売上高(事業活動収入) 754億円~870億円
  • このうち大学病院の売上高(医療収入)は640億円~753億円
  • 国等からの補助金は25億円~36億円であり、売上高に占める補助金の割合は3.0%~4.8%程度

「医学部を運営している大学」というよりは、「病院を経営している」という色合いが強いことが上記の数字から読み取れると思います。

 

ご参考②: アファーマティブ・アクション

アメリカの大学入試においてはアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置。Affirmative Action)が採用されています。これは、例えば経済的に恵まれていなかったり政治等その他の要因で不利な状況にある人種が、大学入試において点数を加点してもらうといった恩恵を受ける考え方です。

詳しくは別の投稿でご紹介しますが、「公平な大学入試のあり方」、「大学の社会的使命」等について多くの示唆が得られます。

オバマ政権時に司法省と教育省の連名で出された指針は、「さまざまな生い立ちの学生で構成された学習環境は、それぞれの学生の教育的経験を向上させる」と述べ、多様性の促進を求めた

「教育機関は、このような豊かな学術的環境を作り出すのを選択することで、学生たちが批判的思考や分析力を高めるのを助ける」

(中略)

米大学のアファーマティブ・アクション

不利な状況におかれている集団は優遇されるべきという考え方のアファーマティブ・アクションが最初に登場したのは、連邦政府の契約企業の雇用について触れた、1961年にジョン・F・ケネディ大統領が署名した大統領令だった。

公民権運動が最高潮に達するなかで、リンドン・ジョンソン大統領は1965年に同様の大統領令に署名。契約企業に対して、従来より多くのマイノリティーを雇用するよう求めたものだった。

各大学は入学選考で同様の指針を採用するようになったが、その後間もなく、激しい議論が交わされるようになり、何十年にもわたって続いている。米最高裁にいくつかの訴訟が上げられている。

最高裁は人種的なクオータ(割り当て)を違憲としたが、大学の入学選考では人種への考慮を認めている。

アファーマティブ・アクションを批判する人々は「逆差別」だと激しく反発しているが、支持する人々は教育や雇用で多様性を確保するために必要な措置だと主張している。

出典: トランプ米政権、大学入学時の少数派優遇を廃止へ BBC(2018年7月4日)より一部抜粋

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