理想的な教育制度とは?
2017/03/11
この投稿を読んでくださっている人の多くは、小学校や中学校に通っていたことと思います。そこで質問です。皆さんはなぜ小学校や中学校に通っていたのですか?
義務教育だから通っていたのでしょうか?
周りのみんなが通っていたからでしょうか?
少しでも良い高校に通い、少しでも良い大学に通い、そして少しでも良い会社に就職するためでしょうか?
この投稿では、小学校や中学校が担うべき役割を明らかにして、今の制度よりももっと効果的で効率的な教育制度のアイデアを提案したいと思います。
目次
小中学校に通う理由とは?
義務教育だからといっても、それを破ったところで逮捕されるわけでもありません。不幸にもいじめにあい、不登校になっている人もいますが、それで処罰されることはありません。つまり、義務教育だからといって学校に通う合理的な理由にはなりません。
周りのみんなが通っていたから通うというのも学校に通うことの合理的な理由にはなりません。
少しでも良い学校に進学するためというのは、合理的な理由の一つにはなろうかと思います。しかし、高等学校卒業程度認定(以前は大検という制度でした)を活用すれば、高いお金を払ってわざわざ学校に通わなくても独学で大学に入ることが出来ます。良い塾や良い参考書も世の中に沢山あるので、大学に受かることだけを目標にするのであれば、学校には通わない方が効率的だと思います。
では、小学校や中学校に通う合理的な理由はどのように説明出来るのでしょうか?
そのためには、小中学校が担うべき役割が何なのかを明らかにする必要があります。
小中学校が担っている役割とは?
まず役割として挙げられるのが、国語や数学といった学問の基礎を学ぶということです。自分たちの両親ではなく、それぞれの学問のプロである教師の方々が子供たちに勉強を教えることは理にかなっています。親たちが何十年も前に習ったことを子供に教えることはかなり難しいと思います。
次に小中学校の役割として挙げられるのが、集団の中で生活するための社会性を育むというものです。学校に通わなければ、せいぜい数人程度の近所の子供たちとしか触れ合う機会がないですが、学校に行けば何百人という子供たちと触れ合うことが出来、社会性を育むのに役に立ちます。
理想的な教育の方法は?
小中学校は、学問と社会性を身に付ける役割を担っており、そのために学校に通うということが言えると思います。
それでは、お金をいくらかけても良い場合、子供に最高の教育を提供するにはどういった形式のものが良いのか考えてみたいと思います。
知識を身に付けるだけであれば、家庭教師のように一人の生徒に一人の先生が教えるのが最も好ましいと思われます。理由としては、生徒のレベルにあった授業が出来るためです。
先生一人が黒板の前に立って何十人もの生徒に向かって一方的に講義をする授業では、生徒のレベルがバラバラで、優秀な生徒にとっては物足りない授業になり、その時間が無駄になってしまいます。理解が遅れている生徒にとっても分からないまま授業が進んでしまうため、その時間が無駄になってしまいます。つまり、それぞれの生徒のレベルにあった授業が出来ることが最善の方法であり、それは一人の生徒に対して一人の先生が教える形式だと言えます。
一方で、社会性を身に付けるためには、集団生活はとても大事な経験だと言えます。今の日本では、同い年の子供が集められていますが、社会性を身に付けるためには、年の違う子供たちが一緒に生活するのも良いかもしれません。年上の子が年下の子の面倒を見ることで、社会性が身につくことはよくある話です。
以上のことをまとめると、授業は生徒と先生が1対1で行い、体育や音楽等については大勢の生徒で一緒に取り組むというのが理想的だと考えられます。
理想的な教育制度のアイデア
そこで、小学校、中学校の段階における理想的な教育制度を提案したいと思います。
それは、以下のような制度です。
- 小中学校では集団教育を学ぶ場所と位置付ける
- 学校で習う科目は、体育、音楽、美術、道徳、グループディスカッション等の授業をメインにする
- 国語、数学、物理、化学、社会等の科目については、録画された動画講座を用意しておき、生徒が自分のペースで自習できる環境を整える
- この動画はネットで誰でも自由に見られるようにしておく。学校でも自習室を設けて、そこで見られる環境を整える
- 動画で講師を務めるのは、全国の小中学校の先生の中で最も評判の良い人のものを使う
- 中間テスト、期末テストで一定水準の点数を取った生徒は、この動画による自習ができる
- 中間テスト、期末テストで一定水準に満たなかった生徒は、学校の先生の授業を受けることが強制される
- 一定水準の点数を取った生徒も、学校の先生の授業を受ける選択を取れる
アイデアのメリット
小学校や中学校では毎年ほぼ同じ内容の授業が繰り返されています。大学で専門の分野を研究し始めると、その時の最先端を学ぶため、毎年内容が変化していきますが、学問の基礎を学ぶ小中学校では、学ぶ内容はほぼ変わりません。
同じことを毎年教えるのであれば、日本で一番わかりやすい授業の動画を見ることが、一番効率の良い教育システムではないでしょうか。
各学校に勤めている教師の方々は、生徒から質問があるときに指導してあげるという役割を担えば十分です。
生徒達は、日本で「最高の」教師から学ぶことが出来、自分のペースで動画を見ることが出来るため、わからないところは繰り返し見ることも出来ます。それでもわからない箇所は学校の先生に質問することができます。
学校の先生たちは、質問対応が主な仕事になるため、人数を減らすことが出来ます。中学校であれば各学年にそれぞれの科目の先生が1人配置されていると思いますが、学校に1人いれば十分になるため、人員を3分の1に削減できます。
つまり、国が負担する教育費を大幅に削減し、教育水準を上げることが出来る方法であると私は考えます。
アイデアのデメリット
この制度の欠点はさぼることが出来る点です。これまで通りの授業であれば、生身の先生が授業するため、いやでも授業に出席して先生の話を聞かされる状況になります。そのため、日本全体の教育水準の底上げ効果があります。
何故勉強しなければならないのか、何故日本全体の教育水準を上げなければならないのかについては、以下の投稿をご覧ください
一方で、動画を各自が見るシステムにすると、さぼりやすくなってしまいます。授業中に寝ていたりすると先生が注意してくれますが、動画の視聴ではそういったことは期待できません。
このようなさぼる生徒を出さないために、テストの点数で一定水準に満たない生徒は、強制的に従来の授業を受けるというシステムにすれば、この欠点を補えると思います。
最後に
世の中にはパソコンやタブレットがとても広範囲で普及しています。そのため、動画を取ってそれを共有するコストは格段に下がりました。
もう、生身の先生が何度も同じ授業を全国でする時代では無くなっていると私は考えます。
最も優れた先生が1人いれば十分です。
学校は、先生が質問に答えてくれる場所であり、社会性を身に付ける授業(体育やグループディスカッション等)を受ける場所とするのが効率的且つ効果的であり、今の世の中に合っていると私は思います。
いずれ世の中はこの方向に向かって動いていくと思いますが、私はこの流れをもっと早くしたいと考えており、この投稿をさせて頂きました。
この方法に賛同して下さる方が多くなればなるほど、文部科学省も重たい腰をあげざるを得なくなります。