【映画】スリービルボードの真犯人

      2021/04/12

2017年にアメリカで公開されたスリービルボード(原題 Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)ですが、この映画は真犯人が誰なのかまでは描かれておらず、多くの方の憶測が飛び交っている状況の様です。そこで、この投稿では真犯人が誰なのかについて可能な限り論理的な分析をしてみました。

以下ネタバレとなるので、まだ映画を見ていない人は読まないことをお勧めします。

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目次

主な出演者

役名 役割 演者
ミルドレッド・ヘイズ レイプ殺人事件の被害者アンジェラの母親 Frances McDormand
アンジェラ・ヘイズ レイプ殺人事件の被害者。ペネロープと同年代 Kathryn Newton
ウィロビー署長 エビング警察の署長。末期がん患者 Woody Harrelson
アバークロンビー署長 ウィロビー署長後任の黒人署長 Clarke Peters
ディクソン巡査 ミルドレッド等に執拗な嫌がらせをする暴力警官 Sam Rockwell
バーの男 ミルドレッドの店に訪問。バーで犯罪をほのめかした男 Brendan Sexton III
チャーリー・ヘイズ ミルドレッドと別居中のDV夫 John Hawkes
ペネロープ チャーリーの彼女。19歳 Samara Weaving
レッド・ウェルビー 広告代理店の経営者 Caleb Landry Jones

 

アンジェラを殺害した真犯人

この映画は色々な場面で様々な人が犯人と疑われるような材料がちりばめられています。そのため、結局誰が犯人なのかがとても分かり辛い映画となっています。

公式な発表が無いため個人的な推測になってしまいますが、アンジェラを殺害した真犯人はバーでディクソン巡査に喧嘩をふっかけられてDNAを採取された男だけが合理的に犯人であると説明が可能な唯一の人物です。

アバークロンビー署長(後任の黒人署長)がディクソン巡査とDNAの鑑定結果について話しているシーンで、バーの男は9ヶ月前に帰国したと言っています。つまり、署長は「それより前は任務で海外にいた。そのため犯人になり得ない」ということをほのめかしています。

しかし、アンジェラが殺害されたのは7ヶ月前です。つまり、アバークロンビー署長はバーの男が犯人でないと説得するために明らかな嘘を言っています。

更に、この会話の中でアバークロンビー署長はDNAが一致しなかったことについて、同じセリフ「no match(es)」を繰り返しています。「バーの男のDNAと犯人のDNAが一致しなかった(no matches)」ということを何度も繰り返しています。これは米軍や警察等の上層部から圧力をかけられてこのように言わされている雰囲気を醸し出しています。

広告代理店経営者のレッドを殴りつけて2階の窓から投げ落としたディクソン巡査を、アバークロンビー署長はただちに解雇しました。これまで余命わずかなウィロビー署長のために数々の暴力を振るってきた悪役ディクソンン巡査に対して、このような処置をしたアバークロンビー署長は、「正義」や「公平」の象徴として描かれています。

しかし、その後のDNA鑑定結果のくだりでは、上層部の圧力に屈してバーの男のDNAと犯人のDNAは一致しなかったと言っています。

このように登場人物のキャラが一変するところがこの映画の大きな特徴であり面白さの一つであると思います。

尚、バーにいた男はこの前のシーンでミルドレッドの店に訪問し、店の商品を壊してミルドレッドに嫌がらせをしており、この男が犯人候補になっている演出もきちんとされています。

ご参考までに、アバークロンビー署長とディクソン巡査がDNA鑑定について会話しているシーンを文字起こししました。

余談ですが、真犯人が誰なのかを推察するとても大事な「9ヶ月」という言葉が、英語や日本語字幕でのみ触れられており、日本語吹き替えでは「あの事件当時は海外にいた」という表現になっています。つまり、日本語吹き替えでご覧になった方々は、真犯人が誰なのか知る由がない映画となってしまっています。

日本語吹き替えの製作スタッフでさえもこのセリフの意味が浸透していないのはとてももったいないと思います。スリービルボードは7つのアカデミー賞にノミネートされ、米国でかなり評価の高い映画だと思います。しかし、日本では「何となく面白いけど結末がもやっとしてる・・・結局真犯人は誰なの?」といった評価なのではないかと推察しています。

DNA鑑定結果の会話部分をもっとアピールして真犯人のもやもやを解消してあげれば、もっと多くの日本人がこの映画を楽しむことが出来るのではないでしょうか。

(日本語字幕)

アバークロンビー署長: 人違いだ。DNAが一致しない。性犯罪でも他の犯罪でも該当者がいない。彼には前歴もない。ホラかも

ディクソン巡査: ホラじゃない

アバークロンビー署長: どっちにしろアンジェラの事件当時彼は国外にいた

ディクソン巡査: どこに?

アバークロンビー署長: 出入国の記録があるし、軍の指揮官とも話した。国外にいた。犯人じゃない

ディクソン巡査: でも奴は・・・この件は違っても悪事をやらかしてる

アバークロンビー署長: この州ではない

ディクソン巡査: 当時どこに?

アバークロンビー署長: 機密情報だ

ディクソン巡査: そんな

アバークロンビー署長: 彼には指揮官がいる。帰還したのが9ヶ月前でどこにいたか機密ならどの国が考えられる?

ディクソン巡査: そんなこと・・・

アバークロンビー署長: ヒントをやる。砂っぽい所だ

ディクソン巡査: 全然絞り込めない

アバークロンビー署長: ともかく彼は事件とは無関係だ。だから犯人捜しを続ける。いいな?

 

(日本語吹き替え)

アバークロンビー署長: あの男じゃなかった。犯人のDNAと一致しない。他の性犯罪の前歴者とも一致しなかった。どの犯罪をあらってもそうだ。それに彼には前歴が無い。大ボラを吹いたんだろう

ディクソン巡査: あれは大ボラじゃない

アバークロンビー署長: そうかあ。まあどうであれ、アンジェラが殺された当時彼は国内にいなかった

ディクソン巡査: どこにいたんです?

アバークロンビー署長: 出入国したのは間違いない。記録を確認して軍の指揮官からも話を聞いた。彼は海外にいた。犯人じゃない

ディクソン巡査: あー・・・だったらアンジェラを殺してなかったとしてもあいつは悪事をやらかしている。間違いない

アバークロンビー署長: ミズーリではやらかしていない

ディクソン巡査: 当時はどこに?

アバークロンビー署長: 機密情報だ。教えられない

ディクソン巡査: そりゃないでしょう

アバークロンビー署長: いいか。彼は指揮官の下についてる。そしてあの事件当時は海外にいた。それがどの国だったかは機密情報だ。となるとどこが考えられる?

ディクソン巡査: さあ・・・その・・・

アバークロンビー署長: ヒントをやろう。砂がある所

ディクソン巡査: いっぱいあって絞り込めない

アバークロンビー署長: 深追いはするな。とにかく彼はアンジェラ殺しとは関係ない。だから、犯人捜しを続けろ。いいな

 

(オリジナル音声)

CHIEF ABERCOMBIE: There’s no match to the DNA. No matches to any other crimes of this nature.  To any crimes at all, in fact.  And his record is clean. Maybe he was just bragging.

DIXSON: He wasn’t just bragging.

CHIEF ABERCOMBIE: Well, that’s as may be.  But at the time of Angela’s death, he wasn’t even in the country.

DIXSON: Where was he?

CHIEF ABERCOMBIE: Well, I’ve seen his records of entry and exit to the States, and I’ve spoken to his commanding officer.  He wasn’t in the country, Dixon.  He ain’t our guy.

DIXSON: Uh, no, he…He might not be our guy, but he still done something shitty.  I know he did.

CHIEF ABERCOMBIE: Not in Missouri he didn’t.

DIXSON: Where was he?

CHIEF ABERCOMBIE: That’s classified information.

DIXSON: Oh, come on, man.

CHIEF ABERCOMBIE: If the guy has a commanding officer.  And if the guy got back to the country nine months ago.  And if the country where he was is classified, which country do you think he was in?

DIXSON: Hey, you know…

CHIEF ABERCOMBIE: I’ll give you a clue.  It was sandy.

DIXSON: That doesn’t really narrow it down.

CHIEF ABERCOMBIE: All you need to know is that he didn’t do nothing to Angela Hayes, so... we’re gonna to keep looking.  All right?

その他の犯人候補

ネットを検索してみると、この映画の真犯人として他の登場人物が挙げられています。その根拠や妥当性についてこの投稿で触れてみたいと思います。

真犯人候補① ウィロビー署長

容疑者のDNAが殺害現場で採取されている場合、通常は犯人が捕まるはずです。しかし、この映画ではなかなか警察が犯人逮捕にたどり着けていないという状況が続きます。映画を見ている側からすると、警察内部の犯行だから妨害がなされて捜査がなかなか進まないというイメージを抱きます。

このように捜査が進展しない中、ウィロビー署長が吐血したシーンがありました。これは「この血を調べたら犯人と合致するのではないか」という雰囲気をにおわせています。

更に、あれだけ家族思いで町の住民からも慕われている署長が自殺してしまいます。自殺の理由は末期がんであり病死の間際に家族に迷惑をかけたくないと手紙に綴っていますが、たったこれだけでは自殺する理由としては不十分な感じします。脚本家が、観客に署長を犯人と思わせるべく導入したくだりだと思われます。

また、この映画の肝となっている3つの看板ですが、これもウィロビー署長が犯人であることを暗示しているのではないかと思います。

3つの看板は以下の通りの内容です。

How Come, Chief Willoughby?(なぜ?ウィロビー署長)

And Still No Arrests?(犯人逮捕はまだ?)

Raped While Dying(レイプされて死亡)

これら3つの看板を一つの文章につなげると以下のように書き換えることが出来ます(赤色部分が看板に書かれている文字に該当)。

How come Chief Willoughby still has not be arrested even though he raped Angela while she died?
(なぜウィロビー署長はまだ逮捕されていないの?アンジェラをレイプして殺したのに)

以上のことからウィロビー署長が真犯人だと匂わせるくだりは多く描かれていますが、明らかに矛盾していたりおかしいと言った決定的な証拠は一つもありません。

真犯人候補② チャーリー・ヘイズ

アンジェラの父親を犯人だと指摘する意見はあまり見かけませんが、脚本家の意図として犯人候補を一人でも増やしてサスペンスとしての面白さも追求したいと言う欲張りな意図が感じられたのでここで紹介します。

殺されたアンジェラの父チャーリーはとても暴力的に描かれています。DVが原因でミルドレッドや子供たちと別居しており、その登場シーンでもミルドレッドの家に押しかけて、テーブルをひっくり返し、ミルドレッドの首を絞めるといったシーンが描かれています。

そして、実の娘と同年代である19歳の彼女がいます。さらに、「アンジェラが母親よりも自分と一緒に暮らしたいと話していた」とも語っています。

これらのことから、チャーリーは若い娘が好きで、チャーリーとその実の娘アンジェラが男女関係にあり、痴情のもつれから殺害してしまったということをにおわせているように思えます。

この映画のストーリー全体を鑑みると、チャーリーに19歳の彼女がいる設定をわざわざ加える必要はなかったように思えます。あえてそうしたのは恐らく犯人候補を増やしたかったからではないでしょうか。

映画の魅力

この映画の監督/脚本を手掛けたマーティン・マクドナー氏(Martin McDonagh)は、インタビューで「真犯人が誰なのかよりも、登場人物のキャラが変化していく様子を楽しむ映画だ」という趣旨のコメントをしています。

But writer-director McDonagh doesn’t let the audience off the hook that easily. “It was about not wrapping up the story with a bow, not finding the solution and that person getting his comeuppance and all of that,” McDonagh told Yahoo Entertainment. “Because the story is more about change than it is about solutions.

出典: 「About that ending of 'Three Billboards Outside Ebbing, Missouri': Sam Rockwell and Martin McDonagh reveal their theories (spoilers!)」(Yahoo Entertainment 2018年2月19日)より一部抜粋

 

実際、この映画は善人だと思っていた人が映画の後半で悪人に描かれていたり、その逆で前半で悪人として演出されている人が後半で善人として描かれていたりします。

私も含め、この映画を見た多くの方々は「結局真犯人は誰なの?」という気持ちが強くなり、このようにキャラが変化していく様を楽しむことが難しいように思えます。こういった方々には、「真犯人はバーの男だ」ということを理解して頂き、もう一度この映画を見ると、製作者側がアピールしたい部分をもっと楽しむことが出来るのではないでしょうか。

ちなみに、この映画で出てくる会話は実際に起こった事件をモチーフにしていると思われる部分が多くあります。例えば、2006年3月にイラクで米国軍の兵士が起こしたマフムーディーヤ虐殺事件、2014年に舞台のミズーリ州で起こった白人警官による黒人少年の射殺事件、ペンシルベニア州の神父による児童約1,000人への性的虐待等が代表例です。

こういった米国内の問題を皮肉った点でいうと、この作品はマイケル・ムーア監督と近い考え方をしているのかもしれません。

また、真犯人が誰なのかとても分かり辛く作っている点から、サスペンスとしての色合いも強いと思います。この意味ではユージュアル・サスペクツ等の映画と近い作品とも言えます。ただし、スリービルボードは話の展開がゆっくりなので、純粋にサスペンスとして描いた場合、退屈なものになってしまうリスクもあります。そういったことからも、純粋なサスペンスと受け止められないように、エンディングではミルドレッドとディクソン巡査がバーの男を退治しに車で向かうシーンまでに留め、この真犯人との決闘を描かないようにすることでサスペンス色を薄めたのではないかと考えています。

個人的にはサスペンスとしてとても素晴らしい作品だと思いますが、製作者が表現したかったことは「登場人物のキャラ」に重きがあり「ストーリー」ではなかったことから、アカデミー賞では主演女優賞や助演男優賞の受賞にとどまり、作品賞等は逃したのではないかと推察しています。

これ程まで登場人物の善悪が変化する映画も珍しいですし、真犯人探しが難しい映画はなかなか無いと思います(日本語吹き替えの製作スタッフですら真犯人を理解していないと思われます)。とても面白い作品なので一度見てもやもやしている方も、まだ見ていない方も是非ご覧いただくことをお勧めします。

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