東京医科大学の入試不正問題に関する論点整理 ~アファーマティブ・アクション~

      2018/11/04

東京医科大学や昭和大学における入試不正について各種報道がなされています。

この問題の本質として、どういった選抜方法をとるのが公平かという論点があると私は考えています。そこで、

選抜方法を議論する参考として、アメリカの大学で採用されているアファーマティブ・アクションについて紹介させていただきます。

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アファーマティブ・アクションについて

アファーマティブ・アクション(Affirmative Action)とは、簡単に言えば大学入試等において黒人等恵まれない環境で教育を受けた人種に対して加点等の優遇措置を施すという考え方です。日本語では積極的格差是正措置と訳されることが多い様です。

アメリカにおける人種差別問題はとても深刻であり、貧困の連鎖も起こっています。人種差別の歴史が長く、経済的に恵まれていない人種や家庭に生まれ育った子供は、富裕層の子供と比べて設備が整っていない学校に通う等学習環境で不利な状況に置かれ続けます。さらに、学校を卒業し就職活動する段階においても、人種による有利/不利が存在しています。

アメリカでは人種差別を法律で禁止したり、貧困層が居住している地域の学校への補助金を支給したりする等格差そのものを是正する取り組みは各種行われています。一方で、アファーマティブ・アクションは格差そのものの是正ではなく、格差によって生じた現在の不利な状況(例えば教育環境が悪いことによる学力不足)を是正する措置である点がこれらの取り組みと大きく異なる点です。

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アファーマティブ・アクション導入の経緯

1965年のジョンソン大統領による大統領行政命令11246号によって始まったという説が一般的の様です。それ以前の1961年に、ケネディ大統領が大統領行政命令10925号で政府と契約している企業が、雇用の場において人種差別を禁止したことが始まりという言い方もされます。

アメリカの大学における入試制度は、学業成績だけでなく、パーソナルレーティング(個人評価、人格評価)や課外活動等の評価項目も加味され総合的に判断されます。このように総合評価する際に、マイノリティの人種を優遇するというのがアファーマティブ・アクションですが、過去には(現在も)人種差別する手法としてパーソナルレーティングや課外活動が悪用されています。

1930年代のハーバード大学の選考過程でも、ユダヤ人がこの手法を使って差別されていました。

1930年代のハーバードもユダヤ人学生の入学を制限していた。30年代の学長だったローエルは、「個人的にはユダヤ人に対して何ら反感もない」と述べた。しかし彼はハーバードの社会的使命を引き合いに出し、知識人の育成だけではなく、ウォール街の株式仲買人や大統領や上院議員の育成もまたハーバードの使命であるが、そういう職種に進むユダヤ人はほとんどいないのが現状だ、と述べた。

出典: ハーバード白熱教室講義録(下) 早川書房 マイケル・サンデル著より一部抜粋

SFFAによれば、ハーバード大学は、実質的に不変の同大の人種グループの割合を維持する目的で、入学指針を適用してきたという。こうした指針は、ハーバード大学など複数の大学がユダヤ人学生の人数を制限しようとしていた1920年代までさかのぼるが、現在では制限対象がアジア系学生になっているという。

出典: 米ハーバード大、アジア系の入学志願者を差別か AFPBB News(2108年6月17日)より一部抜粋

大学の選考過程でパーソナルレーティングや課外活動が人種差別に悪用されてきた過去があるものの、現在はアフリカ系アメリカ人やヒスパニック系アメリカ人を優遇するという差別/格差是正に活用されています。

尚、アファーマティブ・アクションは賛否が分かれる考え方であり、マイノリティを優遇しているとして白人が逆差別されている、マイノリティであるアジア系アメリカ人はかつてのユダヤ人の様に不利に扱われている、等の批判もされています。

アファーマティブ・アクションを支持する理由

アファーマティブ・アクションを採用すべきかどうかについてはアメリカ国内においても意見が分かれており、州によって採用を違憲とするところもあります。

これを採用すべき理由については以下の通りです(ここでは大学入試におけるアファーマティブ・アクションについて説明します)。

潜在能力も含めた正確な学力を反映するための是正

恵まれた環境で勉強をしてきた人と、そうでない人の格差を是正するという考え方です。恵まれない環境で勉強せざるを得なかった学生は、大学入試の成績は振るわなくても、その後の伸びしろは大きいとも考えられます。このように、顕在化されている成績だけでなく、潜在能力も大学入学の評価軸として加味するという考え方です。

尚、アメリカでは人種間の格差がいまだに根強く、マイノリティが通う学校は白人の学校に比べて予算も少なく設備も整っていないとも言われている様です

多様性の促進によって大学の使命(学生の教育)を全うできる

多くの人種がいた方が(多様性があった方が)、そうでない場合よりもより良いものを生み出すと言われています。例えば、皆さんが大学の授業で、「どのような奨学金制度を日本で採用するべきか」というお題が出され、それぞれのグループでディスカッションする場合を考えてみましょう。

自分のグループには同じ地域で生まれ育った一般的な家庭の子供ばかりだとして、隣のグループは世界各国からの留学生、超富裕層の御曹司、生活保護を受けている家庭で育ってきた学生、高校まで地元で過ごし大学から親元を離れて出てきた学生等から構成されていたとします。どちらのグループの方がより深い議論が出来るでしょうか。

恐らく、後者のグループの方がより深い議論が出来るのではないでしょうか。

大学の使命はそこに通っている学生を教育することだと思います。そして多様性の促進は学生の教育に資すると考えられます。

ハーバード大学がアメリカの最高裁で提出した意見書にも、多様性は学生の教育に恩恵をもたらすということが主張されています。

多様性によって皆がその恩恵を受ける。この論拠は実際にアファーマティブ・アクションが争点となった1978年のバッキ訴訟で、ハーバードがあげた論拠であり、最高裁に法定助言者意見書として提出された。

この訴訟においては、当初、浮動票であったパウエル判事はハーバード大学の意見書を引用し、彼はアファーマティブ・アクション支持にまわった。彼は憲法上認められる論拠としてハーバードの意見書を引用した。

ハーバードの意見書の論拠はこうだ。

我々は多様性を重んじる。学術的な優秀さが、ハーバード大学、入学審査の際の唯一の基準であったことは、今までに1度もない。

15年前、多様性とはカリフォルニアやニューヨークやマセチューセッツ出身の学生を意味した。都会人と農場の少年、バイオリニスト、画家、フットボール選手、生物学者、歴史家、古典学者を意味した。

当時と現在の唯一の違いは多様性を考慮するこの長いリストに人種と民族という項目を加えたことだ。優秀な成績を期待できる多数の志願者を審査する際、人種はプラスに働く。それはアイオワ出身であることや、優秀なフットボール選手やピアニストであることと同じだ。アイダホの農場の少年はボストン出身者にはできない何かを大学にもたらす、同様に黒人学生は白人学生にはできない何かをもたらす。

出典: ハーバード白熱教室講義録(下) 早川書房 マイケル・サンデル著より一部抜粋

過去(奴隷制度)の償い

アメリカでは数百年に渡って奴隷制度が存在していました。今でこそ、この制度は廃止されていますが、それまでの積み重ねは簡単に解消されるものでもなく、各学生が入試に至るまでの過程において白人と同様の機会や背景があったとは言えないために、アファーマティブ・アクションを採用すべきと言われています。

アファーマティブ・アクションに反対する理由/留意点

アファーマティブ・アクションは格差や差別を是正する万能薬ではありませんし、反対意見も当然あります。その理由は以下の通りです。

過去の行いを誰が償うべきか

過去に行われたことの償いを現在の受験生にさせるべきでない。差別の是正であれば差別の問題自体を解決するべき。これと同じ理由で、親が卒業生だから優遇されるという措置(レガシーアドミッション)も問題。大学受験の場面に限らずあらゆる場面で縁故主義という習慣が続いている。これは是正されるべき因習。

格差/差別の是正手法としての妥当性

教育格差の是正に適切なプログラムを実行したり、低所得者地域の学校に資金を援助するべき。マイノリティであるという理由だけで大学入試で優遇するやり方は是正手法として妥当でない。

本人には変えようのないもので差別すべきでない

人種は本人には変えようが無い要素であり、本人にはどうしようも出来ない要素を理由に入学の合否が判断されるべきでないという。マイノリティを優遇することで白人が逆差別を受けているという主張もされている。

マイノリティ間の不平等

全てのマイノリティが優遇されているわけではない。例えば、アジア系志願者は大学進学適性試験(SAT)で白人よりも高い点数を取らなければ合格できないと言われている。

優遇されすぎたマイノリティの学力不足

黒人(アフリカ系アメリカ人)はアファーマティブ・アクションによって過度に優遇されるため、大学入学後に授業についていけなくなる生徒が多く出てきてしまう。

もう一つ注目すべきなのは、ハーバードなどの一流大学に入学するためにアジア系米国人がいかに優秀でなければならないかを示した調査結果だ。それによると、他の要素が同等だと仮定した場合、アジア系の志願者は大学進学適性試験(SAT)で白人志願者より140点、ヒスパニック系より270点、黒人より450点高い点数を取らないと合格できない。この論文は、プリンストン大学の社会学者トーマス・エスペンシェード氏と共著者のアレクサンドリア・ウォルトン・ラドフォード氏が09年に発表した。

大学は「プラス」の要素として人種を考慮することが容認されている。またアンソニー・ケネディ最高裁判事は近年、その法的基準をあいまいにしている。「フィッシャー対テキサス大学」の訴訟が直近の例だ(訳注:テキサス大学に出願して不合格になったのはマイノリティー優遇のせいだとした白人女性アビゲイル・フィッシャーさんの訴えに対し、最高裁は大学側の措置を正当と判断した)。だがアジア系米国人を巡る不均衡は、入学選考で事実上の人種割り当て(クオータ)が存在することを示しているように見える。最高裁は人種割り当てを設けることが違法だと明確に宣言している。

出典: 【社説】ハーバード大は何を隠しているのか THE WALL STREET JOURNAL(2017年8月7日)より一部抜粋

――自分が入学できなかったかもしれない、とは?

アファーマティブ・アクションは、すべての少数派を優遇するわけではない。ここがポイント。アフリカ系とヒスパニックは優遇されているけれど、アジア系は違う。これはアジア系アメリカ人に対する差別だと思う

1990年代に僕が出願したとき、米国の医学部ではアフリカ系とヒスパニックだけ増やそうとしていた。上位校ではすでにアジア系が過剰だという認識だったからだ。このため、アフリカ系とヒスパニックの入学は容易になっていた。統計をみると、アジア系は、黒人やヒスパニック、もっといえば、白人よりも難しい状況に置かれていた。アジア系は不利だということを知って驚いたよ。

(中略)

――念願の医学部に入ったのになぜカミングアウトを?

結局、その後、僕はドロップアウトしてしまった。最近亡くなった連邦最高裁のスカリア判事が、アファーマティブ・アクションの恩恵に預かった者は「失敗する運命にある」と発言して話題になったけれど、僕はそのリビング・プルーフ(生き証人)だ。勉強はてんでだめだった

ただ、その後、僕はインド系だと正直に申し出てUCLAのビジネススクールに入った。UCLAはアファーマティブ・アクション政策をとらないから。でもいま、州議会で(州立大学で)これを復活させようという動きがある。僕が自分の話を公にしようと思ったのは、母校でのアファーマティブ・アクション復活を止めるためだ。

出典: 僕は「黒人」に変装して医学部に合格した――アファーマティブ・アクションは「差別」なのか? The Huffington Post Japan(2016年4月14日)より一部抜粋

 

大学の選考基準はどのように決めるべきか

以上見てきたように、アファーマティブ・アクションの採用には賛否両論あります。では、どういった学生を合格させるかの判断基準はどのように決めるべきなのでしょうか。

大学は学生を育てると言う社会的使命を担っています。そして、その社会的使命を全うするために、それにふさわしいのはどういった学生なのかの選考基準を作るというのが理想的だと私は考えます。

大学がその使命を全うするために、人種の多様性を促進する必要があるということであれば、アファーマティブ・アクションは正当化されるべきということになります。

ただし、大学の公的役割を鑑みてこの選考基準は政府の承認を得るべきだと考えます。

1950年代のテキサス大学ロールクールでは白人しか入学を許可されていませんでした。「ロースクールとして同大学の社会的使命はテキサス州の法曹界や法律事務所のために弁護士を養成することだが、アフリカ系アメリカ人を雇うテキサスの法律事務所はない。そのため大学の使命を全うするために白人にしか入学を認めない」というのがその理由でした。

大学の独断で選考基準を定めしまうと、こういった事例が発生してしまうリスクが想定されます。そのため、選考基準は政府の承認を得る必要があると私は考えます。

 

(ご参考)アファーマティブ・アクションに関する裁判事例

アメリカでは各州において法律が定められています。カリフォルニア州、ワシントン州ではアファーマティブ・アクションが州憲法で禁止されています。

また、ミシガン大学で採用されていたアファーマティブ・アクションについては、法科大学院については合憲と判断され、学部については違憲と判断されています。

同じ大学であっても、合憲と違憲が分かれると言う面白い結果となっています。このように判決が分かれた理由としては、法科大学院は多様性を確保するための一つの材料として人種が考慮されたに過ぎないのに対し、学部については人種によって自動的に点数が加算されており、人種が合否を分ける決定的な要素になり得るということで違憲とされています。

裁判所はミシガン大学の選抜方法は違憲であるとの判断を下しました。しかし、同学部の志願者は25,000人程度おり、20人の職員が合否の対応をしなければならないという現実問題もあります。

理想(=裁判所の判断)と、現実(=採算が合わない)が対立している事例だと言えます。日本においても大学入試制度に関して、理想と現実を踏まえた議論をする際の参考となるのではないでしょうか。

法科大学院の裁判に関して、連邦最高裁は、九人の判事のなかで意見が真っ二つに割れた。多数派となった五人の判事は、大学院のアファーマティブ・アクションを合憲とした。バッキー裁判と同様、学生の選考にあたりマイノリティであることを「プラス」とすることが認められることと、大学院の人種的多様性を確保するために限定的に用いられているという判断されたためだ。

一方、学部の裁判では、六人の判事が違憲とみなした。合憲と判断したのは、三人にすぎなかった。法科大学院と異なる判決になった最大の理由は、学部のポイント・システムだ。ミシガン大学の学部は、志願者の高校時代の成績や標準試験の結果、小論文などさまざまな要素に、それぞれ最大のポイントを定めていた。合格するには、各要素の合計百五十ポイントのうち、百ポイント以上が必要になる。

法科大学院でも同様の要素が判断材料にされている。しかし、これらの要素をポイント化せず、総合的に判断していた。しかも、学部では、マイノリティの場合、自動的に二〇ポイントが加算される。このポイントは、統一試験と小論文で最もよいポイント合計したものよりも多いものだ。学部では、志願者が膨大な人数のため、総合的な判断が困難で、ポイント化したと主張していた。

法科大学院の判決でキャスティングボートを握った、サンドラ・オコナー判事は、ふたつの裁判の相違について、次のように述べている。

「法科大学院は、志願者を個人ごとに扱っているうえ、人種を判断材料のひとつにしているにすぎない。しかし、学部のアファーマティブ・アクションは、志願者の人種が決定的な要素になるような機械的なシステムになっている

(中略)

すでに述べたように、連邦最高裁は、志願者を個人ごとに扱うのであれば、人種を判断材料のひとつにしてもよいと判断した。しかし、これは、極めてコストが高い方法を要求していることでもある。例えば、ミシガン大学の学部の志願者は、二万五千人にのぼる。「機械的なシステム」と批判された方法でも、二十人の職員が対応しなければならない。そのコストは、年間四百五十万ドルにのぼる

出典: 米最高裁のアファーマティブ・アクション判決(2003年10月号) 大阪市立大学大学院創造都市研究科 柏木宏教授より一部抜粋

反アファーマティブアクションの動き

1990年代に入ると、例えば州立大学に不合格となった学生が、AA(アファーマティブアクション)による逆差別を受けたとして裁判を起こす等、アメリカ社会で、AAに対し否定的な動きが起き始めた。また、州民投票により州憲法等を改正し、州が従来実施していたAAを廃止させようとする活動も始まった。1996年11月、カリフォルニア州は、公的教育、政府契約及び公的雇用での人種、性別、民族又は出自に基づく差別又は特恵的な取扱いを禁止する内容の州憲法改正案「プロポジション209」を州民投票で可決した。ワシントン州でも、これとほぼ同内容の州憲法改正案「イニシアティブ200」が、1998年11月、州民投票で可決された。これらの提案の中心となったのは、各州に支部を有し、人種、性別等に基づく特恵に反対するアメリカ公民権協会(ACRI)であった。

出典: アファーマティブアクション廃止容認連邦最高裁判決 外国の立法(2014年7月) 国立国会図書館 調査及び立法考査局より一部抜粋

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