日本銀行の仕組み ~通貨発行益と国債運用益~
2017/03/11
日本銀行がお金を発行すると利益があがるということについて、色々な説が世の中に出回っています。
日本銀行が100万円を発行すると、100万円の利益になることはあえて説明する必要が無いほど当たり前だと思いますが、日本銀行や一部の識者はこのことを否定しています。
そこで、この投稿では日銀等による通貨発行益の説明が間違っている理由について具体例を用いて説明してみたいと思います。
目次
通貨発行益に関する日銀や一部識者の見解
日本銀行によると、「通貨発行益とは、国債を購入して得られる利子収入のみだ」と説明しています。例えば、100万円の通貨を発行し利回りが3%の日本国債を購入した場合、1年間それを運用したとすると、3万円が通貨発行益になると主張しています。
日本銀行のウェブサイトでは以下の様な説明がなされています。
Q 日本銀行の利益はどのように発生しますか? 通貨発行益とは何ですか?
A 日本銀行の利益の大部分は、銀行券(日本銀行にとっては無利子の負債)の発行と引き換えに保有する有利子の資産(国債、貸出金等)から発生する利息収入で、こうした利益は、通貨発行益と呼ばれます。
ある識者は、次のような趣旨の説明をしています。
国債を購入して得られる利息収入の現在価値合計は、通貨発行額と等しくなる。だから、通貨発行時に通貨発行額の全額を利益として計上するのと、国債の利息収入のみを利益として計上するのとでは、利益を計上するタイミングが違うだけであり、本質は同じである。すなわち、日銀が主張している通貨発行益の計上方法は正しい
この説明は論理的に間違っているので、簡単な数事例を使って順を追って説明します。
お金の時間価値とは?
皆さんが今100万円を持っている場合と、1年後に100万円を持っている場合とでは、どちらの方が価値があるでしょうか?
正解は今100万円を持っている場合です。
というのも、今お金を持っていれば、それを銀行に預けておけば金利の分だけ儲けられます。仮に預金金利が1%だとすると、1年後には101万円になっています。つまり、今お金を持っているということは将来同じお金を持っていることよりも価値があります。言い換えると、早い時期(時間)にお金を持っているということはそれだけで価値があるということです。
今持っているお金と1年後に持っているお金の価値の比較方法
では、「今100万円持っている」のと、「1年後に101万円持っている」のとではどちらの方が価値があるでしょうか?
これは、どういった運用方法があるか次第です。例えば、銀行の預金金利が3%の場合を考えてみます。
1年後の101万円は現時点ではいくらの価値に相当するかといえば、98万円(=101万円÷1.03)ということになります。
言い換えると、「今98万円持っている」とは、「1年後に101万円持っている」ことと同じ価値があるということになります。
「今98万円持っている」=「1年後に101万円持っている」
ということは「今100万円持っている」方が「1年後に101万円持っている」よりも価値が高いということになります。
「1年後に101万円持っている」=「今98万円持っている」<「今100万円持っている」
ここで、1年後の101万円は現在の98万円とお同じ価値だという説明をしました。101万円を1.03で割って98万円という計算をしていますが、この1.03のことを割引率といいます。そして、98万円のことを現在価値と言います。
言い換えると、1年後とか2年後とか将来得られるお金を、今時点に換算するといくら相当の価値(このことを現在価値と言います)になるのかを計算する際に使う数字のことを割引率と言います。
割引率は外にどういった儲け話や運用方法がどのくらいリスクがあるかによって変わってきます。割引率の考え方は、潰れるリスクの低い大企業が借金をする時の金利よりも、業績が安定しない中小企業が借金をする時の金利の方が高いという考え方に似ています。
通貨発行益の整理
割引率や現在価値の計算方法について説明しましたので、次に、具体例を使って日本銀行の通貨発行益について考えてみます。
具体例
- 日本政府が国債100万円、金利3%、年限10年の国債を発行し、民間の金融機関が購入する。
- その直後に、日銀が民間の金融機関からこの10年物国債100万円を買い取る
- 満期を迎えた10年物国債の返済のため、日本政府が10年物国債100万円を金利3%で発行し、日銀がこれを取得する(つまり、満期には日銀が借換債を発行する)
- 以後満期を迎えるたびに、政府は100万円の国債を発行し、日銀はこれを取得することを繰り返す
- 割引率rは金利と同じ3%と仮定する
日本銀行の収支の割引現在価値
上記のような取引がなされた際の日本銀行の現金収支(キャッシュフロー)の現在価値は次のように計算されます。
現金収支(万円) | 割引率 | 現在価値(万円) | |
国債の購入直後 | +100-100 | 1 | 0 |
1年目 | +3 | 1+r | 3/(1+r) |
2年目 | +3 | (1+r)2 | 3/(1+r)2 |
3年目 | +3 | (1+r)3 | 3/(1+r)3 |
4年目 | +3 | (1+r)4 | 3/(1+r)4 |
・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ |
9年目 | +3 | (1+r)9 | 3/(1+r)9 |
10年目 | +3+100-100 | (1+r)10 | 3/(1+r)10 |
11年目 | +3 | (1+r)11 | 3/(1+r)11 |
12年目 | +3 | (1+r)12 | 3/(1+r)12 |
・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ |
ここで、表の一番右側にある現在価値の合計を計算してみます。
等比級数の公式を使って式を変形すると次のように計算されます。
現在価値の合計 = 3/r = 1/0.03 = 100万円
つまり、日銀が100万円の通貨を発行して国債100万円を購入し、その後満期を迎えてもずっと借換債を発行した場合、利息収入の現在価値は100万円になります。
言い換えると、100万円を発行して国債を購入・運用する事業の現在価値は、発行額と同じ100万円になります。
国債での運用益と通貨発行益
ここで理解して頂きたいのが、日本銀行や一部識者が言っている「通貨発行益」とは、「国債での運用益」のことを意味しているということです。
毎年3万円の金利収入(国債での運用収入)が得られると、その現在価値の合計は国債購入金額の100万円に等しくなるということです。
そして、通貨発行益が本来意味するべきことは、お金を100万円発行する行為自体で得られる利益のことを言います。
一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に則った場合、日銀が100万円の通貨を発行した際は、100万円の通貨発行益を計上すべきです。
そして、その100万円の国債を購入すれば、その後毎年3万円の金利収入が得られるというやり方が正しい会計処理です。
通貨発行益の考えかたや仕組みについては、以下の投稿で詳しく説明しているので、こちらをご覧ください。
最後に
日銀の通貨発行益の説明は論理的に間違っています。そして繰り返しになりますが、以下の説明も論理的に間違っています。
国債を購入して得られる利息収入の現在価値合計は、通貨発行額と等しくなる。だから、通貨発行時に通貨発行額の全額を利益として計上するのと、国債の利息収入のみを利益として計上するのとでは、利益を計上するタイミングが違うだけであり、本質は同じである。すなわち、日銀が主張している通貨発行益の計上方法は正しい
論理的に間違っていても、もっともらしく説明しているのは、それ相応の理由があると思われます(例えば、ハイパーインフレを防ぐため等)。しかし、政府や日銀は正しい説明を国民に対してするのが本来あるべき姿だと思います。
この投稿で通貨発行の仕組みを紹介し、世の中で正しい理解が広まることによって、インフレ税という増税を政治家が乱用することを防ぐ一助になればと願っています。
増税の抜け道としての通貨発行等については、過去の投稿で説明をしていますので、興味のある方は以下のリンクを是非ご覧ください。